まほうのことば 大澤 萌 (小2)

 人間は、とてもすてきなたからものをもって生まれてきました。そう、それは「口」です。人間は、自分の思いを、たいていは口でつたえます。ですから、口がないとこまることがおおいのです。でも、よの中にはことばを話せない人もいます。でもそんな人も、しあわせにしている人もいます。しかし、口のつかいかたによっては人をふこうにしてしまうこともあると思うのです。だから、わたしは、みんなからあいされる口にこれからもそだてたいです。
 ところで、さきほどの話とおなじ口のつかいかたによって、うれしかったり、かなしかったりすることばがありました。たとえばうれしいことばというのは、「ありがとう。」「大すきだよ。」などだと思います。
 「ありがとう。」は、まほうのことばです。いままでカリカリしていても、なにかをしてあげて「ありがとう。」といわれると、なぜかこころがとってもあたたかくなります。だから、このようなことがあるので、「ありがとう。」はまほうのことばなんだと思います。
 わたしがいわれてうれしかった「ありがとう。」をしょうかいします。わたしはすこし前「つるまい公園」という公園へお友だちやお友だちのお父さん、お母さん、お友だちのいもうとさんと行きました。パターゴルフをやりにいったのです。パターゴルフもおべんとうを食べるのもおわり、ゆうぐがあるのでゆうぐのところへいきました。ゆうぐであそんでいると、こおりの山がありました。もちろん、本ものではありません。わたしはたのしそうと思ったのでそこへのぼっていきました。のぼってみると、二、三才の男の子があたりをきょろきょろと見まわしていました。わたしがふしぎに思って、
「どうしたの。ボク。」と聞いてみました。でも、
「ふうふう。」のようなことばでなにかをいいたそうでした。そしてわたしは、お父さんかお母さんがいないことにはじめて気がつきました。そしてわたしは思いました。「あ、もしかしてこの子、まい子なのかも」と。そして、その子がこおりのようなすべりだいをおりていきました。わたしも後につづいてすべりおりて、その子といっしょにお父さんとお母さんをさがしにきました。
 しばらくすると、その子が一人の男の人にはしりよっていきました。わたしたちは、その後も、いろんなところで、いっしょにあそびました。そろそろちがうばしょへうつらないといけないとき、男の子に会いにいきました。その子のお母さんもいました。わたしはきんちょうする中で、
「バイバイ。」といいました。そしたらその子も、
「バイバイ。あっとう。」といってくれました。わたしは、心が、ジーンとしました。そして、お友だちのところへもどっていきました。
 もう一つは、わたしが「ありがとう。」といったことです。わたしは一年生の三学きごろ、あるかえりのよういがおくれていました。なにかを書いていたからだと思います。そして、その書いたことがおわって、かえりのよういをやっとしようと思ったら、あと一、二分でかえりのよういの時間がおわってしまいそうだったので、わたしはいそいでランドセルをつくえにおきました。きょうかしょをいれようとしたら、二、三人のお友だちがきてくれて、よういを手つだってくれました。時間にまにあうようにです。そして、一、二分ででき、わたしはその後手つだってくれたお友だちに、
「ありがとう。とってもたすかったよ。」といいました。お友だちはみんな
「どういたしまして。」といいました。
 わたしは、こういう小さなことでも、やくにたてて、みんなによろこばれるようなことがあるんだなあと、思いました。ありがとうというまほうのことばはいってもらうことも、いうこともとても気持ちがいいと思います。

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