卒業生スペシャルインタビュー

 英語を「好き」でいられたのは小学館アカデミーがあったから。※当時の教室名は「ホームイングリッシュスクール」。東京都の教室に小学生時代の約4年間ご通学。 藤田 保さん 上智大学 言語教育研究センター教授 副センター長 専門は応用言語学(バイリンガリズム)と外国語教育。NPO小学校英語指導者認定協議会(J-SHINE)理事。公益財団法人 日本英語検定協会理事。 『21年度から取り組む小学校英語 - 全面実施までにこれだけは』(教育開発研究所/共著)、『英語教師のためのワークブック』(アルク)など著書多数。

私が小学館アカデミーに通いはじめたのは、小学3年生の頃、教室の立ち上げからは、ごく初期の生徒ということになります。 きっかけは……当時、小学生が「英語を習いたい」なんて自主的にいうとも思えないので、母が、どこからか情報を得たのでしょう。そうはいっても、けっして強制されて通っていたわけではなく、とても楽しく学んでいた記憶があります。

でも、何で英語だったんでしょうね? 1970年に大阪万博が開催され、その流れもあったのでしょうか。「世界の人々が、日本にやってくる。これからは英語の時代だ!」なんて雰囲気が、当時の日本にはあったのかもしれませんね。通っていたのは、小学校卒業までの約4年間。そこで学んだことは、いまでも私の中に強く残っています。

藤田先生が小学生だった頃 授業は、いわゆる“勉強”ではありませんでした。クリスマスパーティーをしたり、英語かるたなどのゲームをしたり、友だちとお互いにメッセージカードを書くなどもしましたね。とにかく、自然に、聞いて、話して、時には書いていた。気負うことなく英語に触れている状態を、教室ではつくってくれていました。みんなが自由に、英語という言語を使って時を過ごし、楽しむ。そんな空間だったのを覚えています。

そんな生徒たちを、先生は温かく見守ってくれていました。あの空間では、「間違えたらはずかしい」なんて思ったことがなかった。とにかく、みんなで話す、聞く。自分の英語が伝わること、誰かの英語を理解できることの楽しさを、初めて教えてくれたのが、小学館アカデミーでした。

そんなふうに、実に英語と幸福な出合い方をした私ですが、その後、大きな壁にぶつかります。中学へ入学し、英語の授業がスタートしたからです。それまでの私にとって、英語は遊びの延長である“楽しいもの”。ところが、中学に入った途端、それは“勉強”となり、点数をつけられるものとなり、間違いを指摘されるものに変化してしまった。夏休みに入る頃には、英語の授業に対して、決定的に違和感を抱いていました。「言いたいことが伝わればいいんだよ」というポジティブな世界から、「一文字でも間違えたら点数を引かれる」というネガティブな世界へ。英語なんて、本来は“道具”。何かを伝えるための手段なのですから、肝心な“伝わる”ことに重きを置けばいいはずなんです。最初にうまく伝わらなければ、言い換えたり、くり返したりして、試行錯誤すればいい。それなのに、言い回しの細かなところを指摘して×をつけるようなことが、学校の英語教育の現場では、ずっと続けられているんですね。いわゆる受験英語の勉強は、英語好きの子どもだった私を、あっさり英語ぎらいにしてしまうほど、ショックなものだったわけです。……いや、“英語ぎらい”は言い過ぎですね。私は不思議と、英語そのものは好きなままでしたから。正しくは、“英語の勉強ぎらい”。実際、洋楽を好きになり、字幕なしで外国映画を見たいと憧れ、自分なりに英語との付き合いはずっと続けていました。しかし、中学の英語の勉強に幻滅しながらも、英語自体をきらいにならず、ずっと触れ続けるモチベーションを保てたのは、最初の出合いの素晴らしさがあったからだと思います。「英語は楽しいものなんだ」という、小学館アカデミー時代の原体験があったからこそですね。そして、いまの仕事に就いたきっかけも、学生時代に「日本の英語教育を変えたい」と心の底から思ったから。小学校時代、あんなに楽しくふれあっていた英語が、こんなに苦痛になるなんて、絶対に間違っていると腹が立たかったからなんです。

お母さんに知ってほしいのは、「結果を焦らない」こと。 つづきを見る